大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1056号 判決

控訴人

藤井新一

右訴訟代理人

池田正映

右訴訟復代理人

池田昭男

被控訴人

右代表者・法務大臣

坂田道太

右指定代理人

小野拓美

外四名

被控訴人

山二商事株式会社

右代表者

亀井正義

右訴訟代理人

木村賢三

中山新三郎

被控訴人

株式会社新潟相互銀行

右代表者

大森廣作

右訴訟代理人

柳原武男

被控訴人

株式会社市田商店

右代表者

諏訪健

右訴訟代理人

渡辺明男

被控訴人

有限会社大和不動産

右代表者

須田貫二

右訴訟代理人

横川幸夫

主文

控訴人の本件控訴及び当審における予備的請求は、いずれも棄却する。

当審の訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主位的に「原判決を取消す。原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、昭和四八年五月一〇日農地法八〇条に基づいて被控訴人国から藤井良太郎に対しなされた売り払いは、無効であることを確認する。被控訴人国は、本件土地につきなされた前橋地方法務局昭和四八年七月二三日受付第二七三三六号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人山二商事株式会社が藤井良太郎に対する前橋地方裁判所昭和四九年(ヨ)第二七号事件の仮差押決定に基づいて、昭和四九年三月一四日本件土地に対しなした仮差押は、これを許さない。被控訴人株式会社新潟相互銀行は、本件土地につきなされた前橋地方法務局昭和四八年九月五日受付第三二五〇八号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人株式会社市田商店は、本件土地につきなされた前橋地方法務局昭和四九年一月二五日受付第二三七九号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人有限会社大和不動産は、本件土地につきなされた前橋地方法務局昭和四九年三月一六日受付第九〇八三号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人国は、控訴人に対し本件土地の売り払いをせよ。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、予備的に「被控訴人国は、控訴人に対し金一一九三万九〇九〇円及びこれに対する昭和五五年一二月一一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決を求め、

被控訴人国の代理人は、主文一項同旨の判決を求め、

被控訴人山二商事株式会社は、当審の本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされた答弁書の記載によれば、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求め、

その余の被控訴人らの代理人は、いずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に掲げるほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決七丁表四行目「右申し込みが」以下六行目「あつたのに、」までを「右申し込みが現良太郎の住民票と印鑑証明書を添付してされたものであつたのに、これと買収書類中の先代良太郎の戸籍謄本と」と改め、同一〇丁裏末行「申し込みが」以下同一一丁表一行目「改名後の」までを「右申し込みが現良太郎の住民票及び」と改める。

(控訴人)

一  当審で追加した被控訴人国に対する予備的請求の請求原因は、次のとおりである。

1(一)  被控訴人国は、昭和四七年八月一日現良太郎がなした本件土地の買受申込を審査するに際し、右申込書に添付された住民票及び印鑑証明書に記載の「藤井良太郎」(現良太郎・改名前の洋一)の生年月日と本件買収書類中の戸籍謄本記載の「藤井良太郎」(先代良太郎・改名後の新作)の生年月日との対照を怠つた過失により、現良太郎が先代良太郎の長男であることを看過して本件土地を旧所有者でない現良太郎に売払い、これが所有権移転登記を了した結果、旧所有者である先代良太郎が農地法八〇条二項に基づき有していた本件土地買受けの権利を喪失せしめた。

(二)  先代良太郎は、昭和四九年五月一六日控訴人に対し全財産を包括遺贈し、同年七月一九日死亡したので、控訴人は、先代良太郎の唯一の承継人である。

(三)  農地法八〇条二項に基づく売払代金については、「国有農地等売払事務処理要領について(昭和四六・一〇・八、四六農地B第一九二四号局長通達)」第五・二(1)により農林大臣が大蔵大臣に協議して定める「国有農地等売払評価基準によつて評価した額」に一〇分の七を乗じて得た額とされるところ、右評価額は、本件土地の時価である3.3平方メートル当り金二三万円より低額であるから、控訴人において被控訴人国の右(一)の不法行為なかりせば取得しえた利益は、本件土地の時価の一〇分の三を下るものではない。そして、本件土地の現在の地積は、区画整理の結果五七一平方メートルとされているから、控訴人の右損害額を計算すれば、金一一九三万九〇九〇円となる(571m2÷3.3×230,000円×0.3)。

(四)  よつて、控訴人は、被控訴人国に対しその不法行為に基づく損害賠償として、(三)の金員及びこれに対する昭和五五年一二月一一日(右損害賠償請求を追加した控訴人の昭和五五年一二月一〇日付準備書面を被控訴人国が受領した日の翌日)以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  かりに、右不法行為を理由とする請求が容れられないとしても、被控訴人国は、控訴人に対し次の(一)又は(二)で述べるとおり債務不履行責任を負うものである。

(一) 本件土地については、昭和四七年二月三日農林大臣による農地法八〇条一項の認定があつたので、被控訴人国は、農地法施行令一七条により旧所有者である先代良太郎(当時は改名後の新作)に対して通知をすべき義務を負担していたのに、これを履行せず、そのために、先代良太郎は、本件土地を買受けることができず、1(三)の損害をこうむるに至つた。

(二) 本件土地の旧所有者である先代良太郎は、農地法八〇条二項に基づき、農林大臣に対し右土地の売払いをすべきことを求める権利を有するものであり、被控訴人国は、右権利に対応する義務を負担しておりながらこれを履行せず、そのために1(三)の損害が発生するに至つた。

二  後記五の消滅時効の抗弁に対して

1  のうち、被控訴人国の不法行為につき、現良太郎とその妻よう子が被控訴人国主張の時期に損害及び加害者を知つていたことは、否認し、その余の事実を認める。現良太郎が控訴人の法定代理人として、右損害及び加害者を知つたのは、本件包括遺贈の遺言執行者である池田正映弁護士(控訴代理人)より調査を受けた昭和五二年一一月であつた。

2のうち、よう子が被控訴人国主張の時期に悪意であつたことは、否認し、その余の事実を認める。よう子が控訴人の法定代理人として、右損害及び加害者を知つたのは、昭和五三年八月であつた。

而して、法定代理人が複数ある場合には右損害及び加害者を知つたときとは、法定代理人中遅れて知つた者を基準とすべきであるから、いまだ時効は完成していない。

三  仮に時効の起算日を、法定代理人中さきに損害及び加害者を知つた者即ち現良太郎が右損害及び加害者を知つた昭和五二年一一月としても、控訴人は、昭和五四年一月一六日農地法八〇条二項に基づき、本件土地の買受申込をなしている。右買受申込は、本件損害賠償請求の前提をなすものであるから、被控訴人国が主張する消滅時効は、右買受申込によつて中断された。

(被控訴人国)

四 前記一の予備的請求原因に対して

1(一)のうち、被控訴人国に過失があるとの点を否認し、その余の事実は認める。

(二)のうち、先代良太郎が昭和四九年七月一九日死亡したことを認め、その余の事実は不知。

(三)のうち、控訴人主張の通達が存することを認め、その余の事実は否認する。

2(一)の主張は、争う。農地法施行令一七条に規定する通知義務は、行政上のものにすぎず、民法四一五条に規定する債務ではない。

(二)の主張は、争う。

五 かりに、被控訴人国が不法行為による責任を負うとしても、控訴人の右損害賠償債権は、次に述べるとおり時効によつて消滅したので、右時効を援用する。

1  控訴人(昭和三五年一二月二八日生)の父として親権者であつた現良太郎は、本件土地につき昭和四八年五月一〇日売払いをうけ、同無七月二三日これが所有権移転登記を受けたものであるから、右時点で控訴人の主張する被控訴人国の不法行為による損害の発生を知つたものである。また、控訴人の母として親権者であつた藤井よう子も、夫である現良太郎を通じて右時点に損害及び加害者を知つたか、又は知り得たものである。仮に、よう子が損害及び加害者を知つた時が現良太郎より遅いとしても、時効に関し損害及び加害者を知つた時とは、法定代理人中さきに知つた者を基準とすべきであるから、前記日時に変りはない。

そして、その後、控訴人が右損害賠償請求権を行使できるようになつたのは、先代良太郎が死亡しその承継人となつた昭和四九年七月一九日であるところ、右の日から三年が経過している。

2  かりにそうでないとしても、控訴人の自認(前記二1)によれば、控訴人の親権者であつた現良太郎は、昭和五二年一一月には右損害及び加害者を知つたものであるから、本予備的請求が提起された昭和五五年一二月一〇日までには、既に三年が経過した。

六 前記三の時効中断の再抗弁に対して、控訴人主張の本件上地の買受申込がなされたことを認め、その余は争う。

理由

一当裁判所も、本件売払いの無効確認の訴は、不適法として却下すべきであり、その余の主位的本訴請求は、すべて失当として棄却すべきであると判断する。そして、その理由は、次に掲げるほかは、原判決理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決一八丁裏末行の「二項」を「一項」と改め、同一九丁表三行目「本件所有権」の前に「同年七月二三日」を加える。

2  同二〇丁表四行目冒頭から同二一丁表八行目末尾までを、次のとおり書き改める。

「農地法八〇条は、買収農地につきこれを自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が客観的に存するときは、農林水産大臣は内部的にその旨の認定を行い旧所有者に売り払わなければならないという拘束を受け、その反射的効果として、旧所有者は同大臣に対し右売払いをすべきこと、すなわち買受けの申込に応じその承諾をすべきことを求める権利を有する旨を定めたのであり、したがつて、同法八〇条二項による売払いは、買収農地につき自作農の創設等の用に供するという公共的目的の消滅後に行われる私法つ上の行為であつて、一般国有財産の払下げと性質上異なるところはなく、右旧所有者の売払請求権も、公益のためではなく私益のために認められた私法上の権利であり、これが同条項の保護の対象であると解される。また、右売払いが無効とされた場合には、売払いを有効と信じて取引した者すべての権利取得が覆えされ、取引の安全が阻害されるに至ることも考慮しなければならない。

以上を総合して勘案するに、農地法八〇条二項は、同条項に違反する売払いをもつて直ちに無効とする公の秩序に関する法規すなわち強行法規ではないというべく、同条項違反の売払いも、私法上の取引として民法一七七条の適用を受けるものと解するのが相当である。そうとすれば、旧所有者でない現良太郎に対する本件売払いは、農地法八〇条二項に違反するが、その故に無効となるものではないと解すべきである。

ところで、既に認定のとおり昭和四八年五月一〇日になされた本件売払いについては、同年七月二三日にその旨の所有権移転登記が経由されている。したがつて、本件土地は、本件売払いが右対抗要件を具備したときに、旧所有者たる先代良太郎に対する関係においても、農地法八〇条一項所定の当時の農林大臣が管理する土地ではなくなり、同条二項に基づく先代良太郎の売払請求権は同時に消滅したものと解されるから、同人の承継人として控訴人が、被控訴人国に対し抵当権設定登記の抹消登記手続及び本件土地の売払いを求める請求、同株式会社新潟相互銀行・同株式会社市田商店及び同有限会社大和不動産に対しそれぞれ根抵当権設定登記手続を求める請求並びに同山二商事株式会社に対し仮差押の不許を求める三者異議の請求は、いずれもその余の争点について判断するまでもなく理由がないというべきである。」

よつて、原判決は、相当であるから、本件控訴は、失当として棄却すべきである。

二控訴人が当審で追加した被控訴人国に対する予備的請求について、判断する。

1  まず、不法行為を理由とする損害賠償請求について。控訴人(昭和三五年一二月二八日生)にとり現良太郎が父、よう子が母であることは、当事者間に争いがなく、右控訴人の父として親権者であつた現良太郎が昭和五二年一一月に、控訴人主張の損害及び加害者を知つていたことは、控訴人の自認するところである。ところで、このように被害者が未成年者で父母の共同親権に服している場合、民法七二四条にいう被害者の「法定代理人」とは、親権者たる父又は母のいずれか一方であればよく、必ずしも父母両名であることを要しないと解するのが相当である。けだし、民法七二四条は、時効の起算点につき、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況となつたときに消滅時効の進行開始を認める趣旨と解すべきところ、父母の一方が不法行為の損害及び加害者を知れば、共同親権の行使が可能な場合には他の親権者と協力して、また他の親権者が親権を行うことができない場合には自己単独で、いずれにしても親権を行使して(民法八一八条三項)、子たる被害者のために賠償請求することが可能となるからである(父母の意見が一致しない場合、共同親権の行使が不能になるとしても、その場合は、双方の親権者が悪意なのであるから、民法七二四条の時効の起算点については問題がない。)。

したがつて、控訴人の不法行為を理由とする損害賠償債権は、父たる親権者が損害及び加害者を知つた昭和五二年一一月に、消滅時効が進行を開始したところ、控訴人主張の本件土地の買受申込が右時効の中断事由たり得ないことはいうまでもないので、右進行開始後三年の経過によつて、右債権は消滅したものである。

2  次に、債務不履行を理由とする損害賠償請求について

(一)  控訴人は、農地法施行令一七条に規定する通知義務の不履行をもつて債務不履行であると主張するが、買収農地に対する旧所有者の未ママ払い請求権は、該農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じたことにより発生するものであつて、農地法八〇条一項に基づく農林水産大臣の認定によつて発生するものではないから、右認定があつた旨を旧所有者に対して通知すべきことを規定する同法施行令一七条は、単なる事務手続を定めたにすぎず、旧所有者たる国民に対する義務ではない。よつて右控訴人の主張は、採用できない。

(二)  また、控訴人は、被控訴人国に対し農地法八〇条二項に規定する売払義務の不履行がある旨の主張をするが、既に説示のとおり農林水産大臣(本件当時は農林大臣)は、同条項に基づいて、買収農地につき旧所有者から買受けの申込があつたときに、その承諾をすべき義務を負担するものであるところ、本件においては、前叙のとおり旧所有者の売払請求権が消滅する前に、旧所有者たる先代良太郎から買受けの申込がなされず、したがつて農林大臣の承諾義務が発生する由もなかつたのであるから、その不履行を云為する余地がなく、右控訴人の主張も採用できない。

3  よつて、その余の判断をするまでもなく、右不法行為又は債務不履行を理由とする控訴人の予備的請求も、すべて失当として棄却すべきである。

三以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条・八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鰍澤健三 枇杷田泰助 佐藤邦夫)

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